ブレインテック公式 Q&A 「なぜなにブレインテック」
基本事項
ブレインテックとはどのような概念なのでしょうか。ニューロテックとはどのような点で異なるのでしょうか?
BTCでは、ヒトと社会を作っている脳というシステムをターゲットとする技術のことをブレインテックと呼んでいます。脳科学という言葉は、1997年に理化学研究所に脳科学総合研究センターが設立された時に初代センター長であった伊藤正男先生がつくられた言葉です。脳科学総合研究センターはそれまでの神経科学に閉じることのない、広範な人間理解のための科学としての脳科学を目指していました。ブレインテック・コンソーシアムはその趣旨を拡張する形で、ニューロテックではなくブレインテックという言葉を使うことにしました。
参考文献:医学書院/週刊医学界新聞 【「脳科学総合研究センター」の開所式と記念シンポジウム開催】 (第2270号 1997年12月22日)
ブレインテックで何ができますか?また、ブレインテックのターゲットとしてどのようなことが考えられますか?
安全にそして倫理的に社会に受け入れられる技術としてのブレインテックは、疾患の治療だけではなく、日常生活の不便を解消しより豊かにする手助けも出来るはずです。ブレインテックの応用範囲は、社会のあらゆるところに広がるはずですし、それによって社会への大きな貢献が実現できると考えられます。
ブレインテックにはどのようなタイプがあり、それぞれどのような特徴がありますか?
電気や磁気を用いて脳を刺激する技術と、脳活動を計測して可視化する技術に分けることができます。前者の原理は腹筋を電気で刺激するデバイスと似ており、ユーザーの随意性を要求されないことが特徴です。一方で、脳刺激によるてんかん発作の誘発や火傷等のリスクがあります。後者はあくまでも脳活動の観察にとどまるため、前者の技術に比べて安全で、普及も進んでいます。一方で、可視化された脳活動を自らの意思で操作する必要がある、使用環境によっては電磁的なノイズが強くて製品の謳う機能を発揮できない、といった難しさがあります。
将来ブレインテック業界で働きたいのですが、何を勉強したら良いでしょうか?
ブレインテックへの関わり方には色々な形があると思いますが、基本は「ブレイン」(神経科学)の知識と「テクノロジー」(工学)の知識が必要になると思います。神経科学が学べる場所としては、参考文献のような大学・大学院・研究機関があるので、参考にしてください。
参考文献:神経科学を学べる場所(学部/学科/大学院/受け入れ可能研究機関)
ブレインテックに今後関わりたいと考えた場合、医学部・工学部それぞれで研究に携わることはどのように違うでしょうか。
医学部で取り組む場合は、主に、脳機能解析など脳研究や、開発されたBMIの機器の臨床研究や治験を行ったりして、機器の評価を動物や人を対象として行うことになります。 工学部で取り組む場合は、主に、BMIの機器を研究開発し、その性能をシミュレーションや模擬実験で評価したり、動物で評価したりすることになります。BMIの実際の応用には、両者の連携が必要になります。
ブレインテック(脳情報の書き出しなど)の研究を行ううえで必要になる学問分野を教えて下さい。また、いち早くブレインテック・ニューロテックの研究を始めるにはどうしたら良いでしょうか?
情報の書き出しを重視するならば、特に信号処理や機械学習といった分野が重要になります。また、得られる生体情報の背景を理解するために神経生理学の基本は押さえておくべきでしょう。加えてニューロフィードバックやBMIなどを実現する場合には、それぞれの制御対象に応じて、ヒトの学習のメカニズムなどより広範な神経科学の知見を学ぶ必要があります。
失われた身体機能を取り戻すとき、脳をターゲットにしないと出来ないようなことはどんなことでしょうか?
脳活動を必要とするサポートシステムは、高次認知機能に関わるものになるとBTCでは考えています。たとえばALS患者のように、完全に運動能力が失われた場合には、意思表出の代替手段として脳をターゲットにする技術が必須となるはずです。一方で、義手や義足などは必ずしも脳活動を使って操作する必要はなく、むしろ残存した筋肉からの筋電図を用いた義手・義足のほうが安全かつ安価に利用できるでしょう。
非接触型の脳活動計測技術にはどのようなものがありますか?
代表的な非接触型の脳活動計測技術として、脳磁図(Magnetoencephalography; MEG、脳磁計)と磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging; MRI)があります。脳表面の電気活動を計測する脳波計(Electroencephalograph; EEG)と異なり、磁場から脳活動を計測するため、非接触が実現しています。
また、近年は「瞳孔反応による脳活動計測」や「非接触型の脳波計測電極」の研究も一部の研究チームによって行われています(Park & Whang, 2018; Chi et al., 2011)。
参考文献:Infrared Camera-Based Non-contact Measurement of Brain Activity From Pupillary Rhythms
Dry and Noncontact EEG Sensors for Mobile Brain–Computer Interfaces
男脳・女脳という言葉を耳にしますが、脳の男女差はあるのですか?
過去の多くの研究から、脳の機能や構造に男女差があるのは間違いないと考えられます。しかし、世間で言われているような「女性の方が左右の脳の連携がよい」「男性の方が計算に適した脳構造である」といった言説には現時点で科学的な根拠はありません。そういった意味では、世の中の理解と比べると、脳の男女差は小さい、と答えても良いのかもしれません。
参考文献:第5回 「男脳」「女脳」のウソはなぜ、どのように拡散するのか
研究開発
脳波の解析方法について、何を参考にすれば良いでしょうか?
一般的な解析方法に関しては、”脳波解析入門”という参考にされると良いかもしれません。また、Matlabで使用可能なEEGLABやFieldtrip、PythonですとPython MNEやbrainflowなどのパッケージがありますので、そちらのチュートリアルやサンプルコードも参考になるかと思います。詳細な解析方法に関しては、類似した研究を参照するとよいでしょう。
参考文献:脳波解析入門 EEGLABとSPMを使いこなす
脳波からどんなことがわかって、どんなことが出来るのでしょうか?
頭皮脳波(EEG)は、より侵襲性の高い皮質脳波(ECoG)に比べて、空間分解能が低い一方で、計測がしやすいことが特徴です。電極の感度や配置などによって変わりますが、主に大脳皮質の神経活動を計測しており、空間フィルタによって、対象としたい領野を絞ることが可能です。
脳波で主に観測されるのは、アルファ波(8-13 Hz)やベータ波(14-30 Hz)と呼ばれる周期的な神経活動で、そうした周期的活動の振幅変調や波形から、覚醒度や運動企図、またてんかん発作等の状態を検知できます。その他にも、内的・外的な刺激によって得られる脳の反応は事象関連電位(ERP)と呼ばれ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの意志伝達手段として活用されています。
頭皮脳波(EEG)の計測において、電極数を増やすことでより高精度な情報を取ることはできますか?もしくは、精度に限界はありますか?
頭皮や頭蓋骨といった組織を通して記録される頭皮脳波では、一つの電極で計測される脳波は広範囲の活動が集合したものであり、EEGは空間分解能の低い計測方法です。そのため、空間的に電極数を増やしても精度に限界があります。
脳波におけるアーチファクト・逆推論・再現性の問題に対してどう対応していくべきでしょうか? 商用使用するには、どういったことができていれば良いと考えられますか?
脳波記録デバイスはどうしてもアーチファクトやノイズを完全になくすことはできませんが、それらを含めて再現性があれば科学的にも商用使用にも問題はないと思われます。重要なのは、アーチファクトやノイズを含めた上で再現性がある部分を活用することだと考えられます。
頭や脳の大きさ形は個人差が大きいですが、脳波の計測においてそうした個人差の影響は無視できる程度なのでしょうか?
脳には機能局在があるので、目的とする脳活動を取得するには対象とする脳領域に近い頭皮上から脳波を計測することが求められます。しかし、頭皮脳波は広範囲の脳活動の集合として電位変化が記録されているため、個人差の影響はあるものの電極の設置場所についてはある程度の許容が許されます。
ニューロフィードバックにおいては、どの程度脳の特定の部位に限定してトレーニングができるのでしょうか? トレーニングできた時に、そこからネットワークがつながっている他の部位にどんな影響があるのでしょうか?
ニューロフィードバックにより特定の部位に限定して神経活動を調節するという研究は数多く行われています。代表的な研究として、報酬系に含まれる腹側被蓋野というほんの数ミリにも満たないような小さな領域の活動をコントロールできるようになるという研究が2016年に報告されています (Maclnnes et al., 2016, Neuron)。さらにこの研究では、腹側被蓋野と機能的につながっている他の領域の活動もトレーニングに伴い上下することが報告されています。
デバイスの埋め込みが必要な場合について、手技の自動化の技術開発はどの程度進んでいるのですか?
脳デバイスの侵襲的な埋め込みでは、Neuralinkが開発している手術ロボットがインプラントの工程を自動化するとアピールしています。しかし侵襲電極のインプラント手技は、皮膚の切開から骨の開窓、硬膜切開、止血操作、インプラント、切開部の縫合等など多くの手技が必要とされ、その全てを自動化できているのかは明らかにされていません。今後も自動化は進むと考えられ、特にヒトが行うことが困難な高精度なインプラント操作のような部分から自動化は広がっていくでしょう。
脳を制御する技術について、現在どの程度まで研究が進んでいますか?また、技術面および倫理面での課題に関して教えて下さい。
「脳を制御する技術」として代表的なものに脳深部刺激療法(DBS、Deep Brain Stimulation)があり、海外ではすでに強迫性障害などの治療に用いられています。現時点の日本では、精神疾患にこのような外科治療を行うことは倫理的な問題などで行われていませんが、海外で十分に安全性が確立されれば、将来的には日本でも導入される可能性はあるかもしれません。技術面の課題としては、現時点では患者ごとにパーソナライズされていないという点が挙げられます。ですが近年では、うつ病患者の神経活動に応じて脳を刺激することにより、うつ症状が改善するという結果も報告されました(Scangos et al., Nature Medicine, 2021)。将来的には、このようなカスタムメイドの技術が進んでいく可能性が高いと思います。倫理的な検討は必須で、十分な検討を行い、ガイドラインなどを整備しておくことは最低現必要だと思います。
脳の運動野と感覚野それぞれに対して、どのような研究開発が行われているのでしょうか。
BMIの研究としては、運動野の脳活動を計測して解読して機器操作に用い、感覚野には電気刺激などにより感覚フィードバックを行うclosed loop BMIという研究が行われています。感覚野と運動野は分けて考える必要があると思います。両方を計測する研究はBMIというよりは脳の基礎研究として行われているものが多いと思います。
脳は正常に働くが身体を運動させることが出来なくなった場合、脳にはどのような変化が起こりうるのでしょうか。
脳だけが動く場合でも、脳への入出力が同じなら、変化はあまりないと思いますが、入出力のいずれかに障害が発生した場合、脳にも変化が現れると思います。体が動かないことで、脳が使われなくなると、その体の部位の脳領域は狭くなるといった研究報告がありますし、リハビリやBMIによって運動機能との接続が可能になれば関連の脳領域は広くなるでしょう。
ALSを発症したとき、現在の技術では何ができますか?
治療においては、現在根本的な治療法はなく、進行を遅らせるための薬物や症状や不安を抑えるための対症療法、筋力の低下を防ぐためのリハビリテーションなどが行われています。QOLを上げるための生活支援技術としては、進行度に応じたインターフェース、例えばコミュニケーションを支援し社会参加を促すためのデバイスなどが開発されています。
参考文献:筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013|日本神経学会治療ガイドライン|ガイドライン|日本神経学会
侵襲性のBMIに関して、埋め込むことによる危険性にはどのような種類や程度のものが存在するのでしょうか?例えば、ALSで埋め込み型BMIを用いる方には、どのようなリスクが伴いますか?また、危険性に関して患者と健常者で違いは存在しますか?
危険性は細かいものを含めると非常に多くの種類がありますが、植込み手術で一般的に挙げられるものの多くはこの植込みBMIについても当てはまります。最も考慮すべき危険性は植込みにともなう感染と考えられます。特にALS患者では意思伝達に困難を伴うので、訴えを確認しにくいという点が健常者と異なり留意が必要です。
光遺伝学が応用され、健常者に対して活用される可能性はありますか?
光遺伝学を適用するためには、遺伝子改変と光ファイバーやLED等の物理的な埋め込みが必要となるため、近い将来に健常者に対して適用される可能性は低いのではないかと思われます。
一方で、2021年には人間に対して初めて光遺伝学を適用し、網膜色素変性症の患者が視力を回復するという研究が発表されました (Sahel et al., 2021)。
将来的には、光遺伝学が健常者に適用される可能性もゼロではないのかもしれません。
参考文献:Partial recovery of visual function in a blind patient after optogenetic therapy
AIはブレインテックにおいてどのような応用可能性が期待されていますか?
一例として、脳の神経活動データを音声・言語・映像・運動命令などに変換する技術は神経デコーディングと呼ばれています。神経デコーディングのアルゴリズムには様々な種類のものが存在しますが、深層学習を用いたデコーディングは汎用性と精度が高くAI応用の1つとして期待されています。
社会実装
日本国内で手に入る民生用のブレインテックデバイスにはどのようなものがありますか?
現在日本国内で手に入る民生用のブレインテックデバイスとしては、額に電極を設置して電気信号を取得する簡易脳波計、NIRS (Near Infrared Spectoroscopy、近赤外分光法)機器などがあります。最近では、イヤホン型脳波計を開発している国内メーカーが出てきており、それらも今後入手できるようになってくると考えられます。
日常的に使用できるブレインテックアプリケーションはありますか?
日常的に脳活動測定が可能なものとしては、イヤホン型/ヘッドホン型や額から信号を取得する簡易脳波計、NIRS (Near Infrared Spectoroscopy、近赤外分光法) 機器があります。それらの多くは脳活動から集中度やリラックス度を計算し表示してくれるものです。脳刺激方法としては、ヘッドホン型や額に貼る型の微弱な電流刺激装置があり、一時的に集中力を高めるという目的のものなどがあります。
なお、脳科学はこれまで膨大な知見を蓄積してきましたが、それを使ったアプリケーションはまだ少ないのが現状です。その理由として、脳を操作したり、脳に影響を与えたりするブレインテックが、ヒトそのものの意味を問う倫理的な問題と常に一体だからです。技術を使うことが倫理的に正しいのかという疑問にも答えなければいけないのが、ブレインテックの難しさの一つです。
教育や職場といった現場で、ブレインテックはどのような応用ができますか?
短期的には、簡易脳波計の導入等が考えられます。例えば、教育現場の中で、生徒や学生がどの程度集中しているのかを簡易脳波計を用いて可視化したり、どのような授業が受講者の集中を維持しやすいのかを明らかにするための応用が考えられます。また職場などで、簡易脳波計を用いてリラックス度をモニタリングしながらマインドフルネスをし、職場の中でストレス管理に役立てる等があげられます。
ニューロフィードバックにおいて、脳の状態を可視化してくれることで、リラックスや集中など目的の状態を意識できるようになるということが重要な点であるのでしょうか?
ニューロフィードバックは、オペラント条件付けによって、目的とする脳の状態への変化を促進するものであるので、自分の脳の状態がリアルタイムに可視化され、目的の状態に向かって変化しているかどうかを認識できることが重要であると考えられます。
学習に最適な脳の状態を制御するなど、ニューロフィードバックの教育への応用において、現状どのような成果が得られているのでしょうか?論文など科学的なエビデンスはどの程度ありますか?
一例として、ADHDの児童に対するニューロフィードバック訓練には注意改善効果が望めるとの報告があります (Doren et al., Eur Child Adolesc Psychiatr 2019)。この論文は、ランダム化比較試験という科学的に厳密な手続きを経て実施された10件の研究を集約した臨床研究の報告であり、そのエビデンスには一定の信頼が持てます。ただし、対象者が変わっても同じ効果が得られるとは限りません。例えばADHDの児童で注意改善効果があっても、健康な児童や大人の集中力向上には効果がないかもしれないのです。しばしば販売されている製品は一般的な(例えば集中力や記憶力といった)言葉を用いて効果を訴求しますが、論文で報告されている効果の内容は多くの場合極めて限定的です。
脳活動計をスマホのように個人で持つようになる日は来るのでしょうか?
スマホやウェアラブル活動量計で日々の生体情報(心拍数など)を計測し、健康管理などに活用することが現在一般的となっているように、脳活動計測が簡便になり、健康管理等の生活支援に役立てられるようになる可能性は高いと考えられます。医療や研究用途の脳活動計測デバイスだけでなく、近年では民生用のデバイスが、より安価で簡便に脳活動計測ができるとして普及が始まっています。また、計測デバイスだけでなく、得られたデータから生理学的に意味のある情報を抽出し、活用するための解析技術も日々発展しています。
EEG(頭皮脳波)などの脳計測技術は、今後現在のスマートフォンのように容易に在野研究できるようになるでしょうか?
最近は市販されている頭皮脳波計も増えてきており、在野研究を行うことは可能だと思います。とはいえ、記録精度の問題などから、頭皮脳波で優れた研究成果を出すことは在野であろうとなかろうと簡単ではない、というのが実情です。
現状だとニューロマーケティングや研究分野での活用がメインだと考えていますが、ブレインテックはこれからどのような遷移でデバイスやその上のサービスが進化していくと思われますか?
ハードウェアとソフトウェア両方の進歩により、記録できる神経活動の質が上がっていくことは間違いないと考えられます。将来的に、医療やヘルスケアは非常に大きな可能性が秘められている分野だと思われます。それ以外にも、取れるデータの質と量が向上すれば現時点では想像もつかないような応用方法が見つかるかもしれません。
脳波を用いた様々なデバイスやサービスが出回ってますが、正しく計測や解析が出来ているのでしょうか?
医療用脳波計(テレメトリー式脳波計)の信号品質に関しては、JIS規格(JIS T 1203)がありますが、民生デバイスの計測規格は2021年10月時点でありません。電磁波の影響を受けないことを示す、EMC試験に通過すれば、販売できると言って良いのではないでしょうか。解析部分の正しさについても、これを保障する規格はありません。現状では、計測や解析の正しさは、そのデバイスやサービスの治験を実施し、その結果を報告した論文等の有無によってのみ間接的に判断するしかないと言えるでしょう。
現在のBMIに関して、私たちの日常生活(衣食住)に使えるような応用の目処が立っている技術ははありますか。
現時点では、植込みBMIは基本的には障害を持つ患者のための技術であって、健常者に対する技術ではありません。 非侵襲BMIは現状では脳活動を可視化することによるセルフマネジメントの一環としての応用が始まっており、その効用に関しての検証も始まっています。
BMIの応用フェーズはあとどれくらいの年数がかかると思われますか?
BMIの応用例の一つとして、意思伝達装置の操作やスマホの操作は研究室レベルではあと数年から5年で可能となり、そこから応用フェーズが段階的に何十年も続いて発展していくと予想されます。
BMIの医療応用について、デバイスの精度が高まることで今後どのような脳疾患に適用可能もしくは適応すべきでしょうか。
まずは、脳卒中後遺症が挙げられると思います。ALSと比較して患者数が100倍くらい多いのでBMIの医療応用の対象者が一気に増えます。
ニューロフィードバック技術をリハビリテーション分野へ応用したデバイスの開発はされていますか?
日本だと慶應大学理工学部牛場研究室にて、ブレイン・マシン・インターフェース技術を用いたリハビリ医療機器の開発が進められています。海外だとワシントン大学セントルイス校発のスタートアップNeurolutions社やカリフォルニアが拠点のNNRI社等で、ニューロフィードバックのリハビリ分野への応用が進められています。
BMIの応用先として、認知症や知的障害者の方への認知支援や、犯罪者の公正、またギャンブルやアルコール等の依存症へのアプローチは可能でしょうか。
現状の読み取り型のBMIでは、認知症や知的障碍者の方のように、脳の機能自体が下がっている場合には難しいかもしれません。犯罪者への適用は、技術的というよりも倫理的な面で十分な議論が必要かと思います。一方、刺激型のBMIであれば、ギャンブルやアルコール等の依存症へのアプローチが可能となるかもしれません。
いわゆる知恵熱、感情及び気持ちによる体調の悪化などを脳波などで記録し、これらに電気的な信号をデバイスから発信し、症状を緩和するような研究はされていたりするのでしょうか?
「脳波を記録し、それに応じて刺激を行う」という手法は”Closed-loop neurofeedback”などと呼ばれます。2021年10月にカリフォルニア大学サンフランシスコ校で難治性うつ病に対してClosed-loop neurofeedback治療が行われ、見事改善したという結果が報告されました (Scangos et al., 2021, Nature Medicine)。この先、そのような研究がどんどん増えていくことが期待されます。
マインドアップロードは実現可能なのでしょうか、またどのような意味がありますか?
マインドアップロードは、ヒトの意識を外部の人工デバイスに移すことで、脳という生体機能に依存することのない状態を実現するということです。これを実現するには、現在明らかになっていない様々な脳の仕組みを明らかにする必要がありますし、さらにそれを実装可能な人工デバイスを作る必要がありますので、現状の技術では出来ません。
もし実現できたとすると、個という概念が消失するでしょう。また、人工デバイスが動き続ける限り死が訪れることはなくなるため、不死を実現できることになります。「シンギュラリティ」という言葉と同様に、社会では将来実現の可能性があると考えられている未来技術の一つですが、本当に実現できるかは分かりません。
フルダイブBMIについて、どの程度実現性がありますか?
原理的には可能であるが、現状の技術では難しい、というのが端的な回答になります。
フルダイブを実現するには、自分の意志をBMI装置にそのまま伝えることが可能になることだけではなく、BMI装置からの感覚フィードバックも同時に実現しなければいけません。もしそれが実現できるとしたら、現実世界でロボットに乗り移ってあらゆる事が出来るようになりますし、バーチャル空間で現実と同じように生活することが出来るようになるでしょう。
現状では、意思の読み取りや、感覚フィードバックは徐々に可能になってきていますが、情報量としてはフルダイブにはほど遠いものです。既存の技術の延長ではこのフィードバックループの情報量を大幅に増やすことは難しそうですが、何らかの技術的なブレークスルーが起きることで、情報量が飛躍的に増大する可能性はあるでしょう。全く新しい計測原理や情報伝達手法の出現が待たれます。
コネクトームなどの巨大プロジェクトではどのような知見が得られて、産業可能性はどの程度見込めるのでしょうか?
規制
民生用の脳波を用いたガジェットは、どこから規制やルールが必要なのでしょうか?
民生用の脳波デバイスにおいて、明確な規制やルールは現状はまだありません。デバイスによる効果を謳う場合、景品表示法に則って行う必要があります。また医療用途もある場合には医療機器認可を受ける必要があり、診断に使う脳波計に関しては規格(JIS T 1203)が存在します。民生用のデバイスでは無線機器になる場合が多いですが、その場合電波法令で定めている技術基準に適合している無線機であることを証明する技適マークを取得する必要があります。
膨大な脳活動のデータが今後クラウドで保存される場合、安全に管理するにはどうしたら良いのでしょうか?
クラウドで管理する場合、生体情報の基本的な管理方法に加えて、特に次の二つの項目に注意する必要があります。「通信時の安全管理(盗聴、改ざん、なりすましなどへの対策)」と「システムセキュリティの安全管理(不正アクセスの防止、データの保全など)」です。具体的な対策としては「データの匿名化、データの暗号化、セキュリティ要件の高いクラウド事業者の選定、システムへの認証・認可の設定、人的安全対策の実施」が挙げられます。
ブレインテック・ニューロテックを活用したセルフケア・セルフメディケーションの利用には、「かかりつけ薬剤師」「かかりつけ薬局」のような役割を果たすヒトやサービス、公的制度が必要ではないでしょうか。
神経活動には個人差が大きいため、「かかりつけ薬剤師」「かかりつけ薬局」は重要だと思われます。将来的にはその人についての膨大なデータが蓄積されることで、神経活動記録デバイス(や実装されているアプリケーション)自体が「かかりつけ医」のような役割を果たすようになるかもしれません。Appleの”Siri”の進化版のようなイメージでしょうか。
脳画像などの情報は、個人情報に当たるのでしょうか。特に、非医療系のソリューションでは脳データはどのように扱われるべきでしょうか?
個人情報とは「生存している個人を特定もしくは識別できる情報」です。平成29年の改正個人情報保護法では、個人識別符号も個人情報として該当することが示されました。個人識別符号とは、身体の一部の特徴を電子計算機のために変換した符号です(DNA、顔、虹彩など)。そのため、脳画像は個人識別符号にあたり、個人情報の一つになります。特に、頭部MRIを撮像した時に符号化される顔情報は個人の識別をより容易にするため、少なくともDefaceと呼ばれるような顔を匿名化する処理をすべきでしょう。Defaceの処理をしたとしても個人情報であることは変わらないため、取り扱いには注意する必要があります。また、個人情報保護法の改正時には取り扱いを改めて検討する必要があります。
BMI技術の応用において、プライバシーへの配慮は必要になるのでしょうか。
BMIすべてにセキュリティが必要不可欠ということではないと思いますが、プライバシーにかかわるような技術もあります。例えば、言葉を介さず、思い浮かべただけで意思伝達ができるといった技術です。思っていることがそのまま分かってしまうということになると、他人に知られたくないことが、分かってしまうということで、これは実用化に際しては、十分に倫理的な検討やセキュリティー的な考え方が必要になると思います。